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地方車作成がなかったら



 どまつりを終え、日差しが落ち着くよさこい日和が続いております中みなさまいかがお過ごしでしょうか。福井大学よっしゃこい21代目の僕が君の目になってあげるよこと松田駿佑です。長くて覚えづらいことこの上ないこのよさ名ももう使うことはないかもしれませんね。



 自分のよっしゃこい生活を語る上で切っても切り離せないのはやはり


よさこい

地方車作成


だと思います。ただ、これを読んでいるよっしゃこいの同期や後輩たちに

(、、、でしょうね)

と思われるのも癪なので最初だけは別のことを書かせてください。




 自分は写真を撮るのが好きです。「言われてみれば」程度に心当たりがある人もいるでしょう。ただ、めちゃくちゃな枚数を撮りたいわけではなく、その場所、その時々に一枚だけでいいんです。そうやって集まった写真たちはスマホの中でアルバムとなり、時間軸もそのまま見返せます。


『サルエルパンツを首元までたくし上げて謎の生物のようになっている3人組。』

『曲が止まっても無理やり踊り続けた犬山踊芸祭。』

『ドリルで穴を開けてしまった床。』


特殊パートオーディションが近づいて緊張感が増している写真や動画などもわんさか出てきます。それも自分のだけじゃなく、ライバルのものも。




 去年の秋ごろ、スマホを買い替えに行ったときに、

「自分、結構写真とか撮るんですけど容量大丈夫ですかね?」

と相談して、

「余程のことがない限り大丈夫ですよ。」

と言われたスマホも今では容量がパンパンになりました。



 ついでに言えば、 LINE のトーク履歴も好きです。会話がリアルタイムに繰り広げられているので、過去行き限定のタイムマシンのようだと聞いてなるほどと思ったことがあります。正直、写真を撮るのが好きというより、


『今』というこの最高の瞬間を余すことなく覚えていたいだけなんだと思います。


特によっしゃでの出来事は濃密で、自分の脳だけだと容量が足りないものをスマホ越しに思い出せるのがいいですね。




 そんな大容量のよっしゃこいですが、自分は元からYOSAKOIが好きだったわけでも、最後の祭りで泣いてしまうほど全力を注ぐ予定だったわけでもありません。よっしゃこいに入ったきっかけは語るほどでもない小さな偶然でしかなく、大学の学科別交流会で「無個性が個性」の山下君がいて、よっしゃのことを聞いて、家の真横の公園でやっていたボール遊びに参加して、当時の代表の川路さんの話を聞いて、入ることに決めた、ただそれだけです。



 自分のよっしゃ生活が良くも悪くも狂い始めたのは「地方車作成」に出会ってしまってからでしょう。「地方(ちほう)」ではありません。「地方(じかた)」です。地方車はパレード演舞という道路を行進しながら行う演舞で踊り子を先導する役割を持ったトラックのことです。平たく言うと“デコトラ”ですね。多くの祭りでは、この地方車は必要とされていませんが、よっしゃこいが練習に力を入れて参加しようとする、『にっぽんど真ん中祭り』では地方車が審査対象でした。自分は地方車というものを知らなかったし、単純な興味から作成に入ることにしました。作成に入って驚いたのが地方車の作成にかかる労力。木の板を切りそろえて補強し、絵を描き、鉄パイプで骨組みを作り、木の板で作ったパネルを貼り付ける。この作業に半年。祭りで使うときには高さ2m、横幅4.3mの大きさになるものを6~7時間かけて炎天下で必死に組み上げ、解体は40分足らずで、祭りで使うのは数分間の1度だけ。この賽の河原で石積み並の作業が楽しいのか?と思いますよね。めちゃくちゃ楽しかったです。


この世のどんなアトラクションよりも自分たちの作った地方車に乗る方がワクワクします。


 一番影響が大きかったのはやはり尊敬すべき地方車作成の先輩方。1人のマスコットキャラクターを除いて、他の5人は踊らないと生きていくことができない悲しきモンスター(通称:よさバカ)でした。自分たちのチームの演舞に飽き足らず、他のチームの演舞を見たり、覚えたり、当時では意味が分かりませんでした。

 その悪影響をいち早く受けた、同じ地方車作成の親友ともやが『名古屋大学快踊乱舞』というチームの演舞を動画で見せながら「これ覚えようぜ」と言ってきた日のことは生涯忘れることはないでしょう。これが原因で自分も悲しきモンスターの仲間入りを果たすことになりました。恨みます。2月、3月の春休みに毎日のように地方車を作成して、たまに踊って、、、とこんな生活を送るとは思ってもみなかったですね。




 話は変わりますが、自分は人に嫌われるのが怖かったです。嫌われるのを避けるために、気を遣って会話をして、言葉の節々に気を付け、常に周りを気にしながら生きてきました。だから、人と会って話すのは疲れて大変でした。いつも自分は当たり障りのないことしか言わないようにしていたので、当然誰かに極端に嫌われることは少なかったと思います。その代わりに、腹を割って話せる友達も少なく、ただ仲のいいだけの友達が多かったです。でも、よっしゃこいで一緒にいる仲間は、言葉を取り繕い続けるのが不可能なほど長い時間を共に過ごしました。今は思っていることをそのままストレートに口に出すようになったと思います。だから、誰かに嫌われているかもしれません。それでも心から信頼できる仲間がたくさんいます。放っておいて嫌いになる方が楽なはずなのに、

「最近刺々しくない?」

とわざわざ伝えてくれる仲間もいます。本当に嬉しかった、ありがとう。



嫌われることのない昔の自分よりも、多少は嫌われているかもしれない素直な今の自分のほうが好きです。もう人と会話するのも疲れません。






 最後に、今年のどまつりでよっしゃこい史上初、地方車を祭りで走らせることができました。18代目に始まり、コロナ禍で走らせることができないながらも、去年、一昨年と作り続けてようやく地方車作成の念願が叶いました。ここまで関わってくださった方々ありがとうございました。


そしてよっしゃのみんな、審査対象外になっても地方車を走らせることを選んでくれてありがとう。


また、ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました。






福井大学よっしゃこい

21代目地方車作成班長

松田駿佑

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