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執筆者の写真よっしゃこい 福井大学

正直に言って…




 

投稿日:2024年8月13日

代:22代目

よさ名:オムツフェチ



1,目的

私が日頃、よっしゃこいとして活動している中で感じていることや考えたことについて、いつも苦しめられている実験レポート風に書くことでウケを狙いながらも素直に書き綴っていくことを目的とする。

 

2-1,よさ名の経緯

私のよさ名「オムツフェチ」について説明します。一見、アブナイ名前に思われる。無論、私もそう感じている。しかし、よさ名が決まった経緯に関しては何もアブナイものはないので、この場を借りて説明する。

それにあたり、よっしゃこいのよさ名の決め方から説明する。まず本人が名前、出身、好きなものをあげ、他の人からの質問に答えていき会話の中で出た単語を書き出す。そして、その複数の単語を切り貼りして決めるのが大まかな流れである。

私のよさ名は「オムツ」と「フェチ」、それぞれが違う話題から派生してできたものなのである。

 

①    「オムツ」に至った話題

この単語があがったのは、好きなアーティストがTWICEのチェヨンが好きと話したのが原因であった。こんな名前に関係しているなんてかわいそうなチェヨンだが、ONCEの方もそうイライラしないでほしい。チェヨンはTWICEの中で最年少であり、「赤ちゃん怪獣」と呼ばれることもある。(昔はかわいい系だったTWICEが、今はもうお姉さん系のグループになっていることには時の流れを感じざるを得ない。)

もう察しのついている人もいるだろうが、「チェヨン」→「赤ちゃん怪獣」→「オムツ」と派生したのだ。

 

②    「フェチ」に至った話題

この単語は「なにフェチですか?」という質問から派生した。私はこれまでそのような質問をされたことがなく、考えたこともなかったことから困惑したが、その末に出した答えが「手フェチ」であった。手からはその人の性格がうかがえたりするため面白いと思ってそう答えたのだ。

つまり、「なにフェチ」→「手フェチ」→「フェチ」と派生したのだ。よさ名に手の要素が入らない結果に、ちょっと考えた時間を返してほしいと思った。

 

従って、私のよさ名は「オムツフェチ」となった。

 

2-2,よっしゃ的キャンプ2023

よっしゃこいには、ボスという制度がある。これは、大人数のよっしゃこいがお祭りやイベントで円滑に行動できるように少人数が前に立って率いるものである。だいたい1人1回は経験するもので、私はよっしゃ的キャンプのボスを務めた。このキャンプは、毎年夏休みの1か月ほど前に開催され、最高学年が引退する1か月前でもある。それに加え、完全によっしゃこい内のイベントであるため、0からスケジュールや会場などを自分たちで決めることができる特殊なイベントである。

私はこのキャンプボスでよっしゃこいという集団全体としての在り方などを考えるまでは、ただただ練習や祭りに参加するだけの楽しませてもらう側であった。しかし、キャンプボスを通して、よっしゃこいには楽しませる側として頑張っている人や、演舞をよりよいものにするために週2回の活動日以外もよっしゃこいに時間を割いている人が沢山いることを痛感した。最高学年となった今は、22代目として集団としての在り方について考えることが増えたが、そのようなことを考える経験を一足先にキャンプボスでできたのは、難しいことであったが同時にとても貴重な体験であった。サークルに入る前は持っていなかった、自分の中の信念のようなものが少しずつ見えてきて、自分が成長していると感じたりする。

 

2-3,振り班長

まず私が務める振り班長について説明する。よっしゃこいには振り班という練習のサポートを行う班が存在し、その長である振り班長は練習時間の配分を考えたり、前に立って練習を回したりする役割である。大学に入る前から私は、部活のキャプテンや生徒会長など人の前に立つことは何回かあったため、集団のことについて考えるのは得意分野だろうと自負していた。しかし、1年ほど振り班長をしていて思うことは、「まだまだ未熟だなー」ということである。練習には少なくても30人くらいの人が参加してくれている。その人数の人を相手に1人で指示を出すのは限界がある。隣の人とわいわい喋っていたり、休憩が終わったのに扇風機の前から離れなかったり。もちろんイライラすることはあり、学校の先生の気持ちが痛いほど分かるようになった。しかし、私はあの頃怒鳴っていた先生のように頭ごなしに怒鳴ったりはしない(笑)。なぜなら、みんな「仲間」だからだ。練習中喋っているのは練習を楽しんでいる証拠で、扇風機の前にいる人は本気で練習して汗をかいたのだろう。いつも自主練や祭り、オーディションなどに向け頑張っている姿や友達として話すひとりひとりの性格についての理解があれば、悪意があって行動している人は1人もいないことは明白である。つまり、私が練習中にイライラしてしまうのは、仲間の努力に対して配慮する余裕がないのだろう。前に立つ人が余裕をなくしていては練習を盛り上げるにも盛り上げられないに違いない、そう思う今日この頃である。


3,考察

私はよっしゃこいの様々な活動を通して、自分以外の人の感情や努力、考え方に目を向けられるようになったと感じる。人と関わる上で、相手について完全に理解することは不可能だ。しかし、自分がいろいろ考えて行動しているように仲間も考えて行動している。そのことを念頭に置いていれば、仲間のことを尊重しながら大きな目標に一致団結して向かえるだろう。

総じて私の言いたいことは、後輩や同期、先輩などの序列以前に、友達で仲間であることを忘れず、最後まで走り抜けたいということだ。

 

4,最後に

「実験レポート風に書いたら面白いんじゃね?」と思って書き出したはいいものの、最後の方は真剣に書いてしまったため、ほんとうに実験レポートかと思うほど堅苦しいブログになってしまいました。長く読みにくい文章でしたが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。これからもよっしゃこいと僕をよろしくお願いします(*^^)

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